この記事を要約すると
- 妻は常に相続人になりますが、他の相続人がいる場合は法定相続分に従って分けるため、全額を相続できないことがあります。
- 妻にすべてを相続させたい場合は、遺言書の作成や家族信託、生前贈与、事前の話し合いなどの対策が重要です。
- 遺留分の請求や二次相続での税負担に備えるためにも、税制の特例を活用しつつ、専門家へ相談することをおすすめします。
1. そもそも妻の法定相続分は?
配偶者である妻は、民法上必ず相続人になります。(民法890条)。
ただし、実際に相続できる割合は、他に誰が相続人となるかによって異なります。
たとえば、子どもがいれば妻と子どもが等しい割合で遺産を分け合い、親が相続人になる場合は妻が3分の2、親が3分の1を相続します。
さらに、子どもも親もいない場合には、亡くなった方の兄弟姉妹と分けることになり、妻の相続分は4分の3となります。
2. 妻に遺産を全額相続させることはできる?
妻に遺産をすべて相続させることは可能です。
ただし、そのためには法定相続の仕組みや相続人の構成、遺言書の有無などを踏まえた対策が必要です。
上述したとおり、子どもや親など他に相続人がいる場合は、法律で定められた割合に従って遺産を分けることになります。また、子どもがいない場合でも、夫の親が生きていれば、その親にも相続権が生じます。
しかし、「妻に全財産を相続させる」と明記した有効な遺言書があれば、他の相続人の法定相続分を無視して妻にすべてを渡すことが可能です。
ただし、子どもや親など、遺留分を持つ相続人がいる場合には、遺留分侵害額請求を受けて遺留分に相当する金銭を支払わなければならない場合があります。
妻にすべてを相続させたい場合は、遺言書の作成や相続人との事前の話し合いなど、準備をしておくことが重要です。
3. 妻に全額相続させるための具体的な方法
妻に遺産を全額相続させたい場合、相続人間のトラブルや法的制約を回避するための生前の対策が不可欠です。ここでは、実際に取るべき4つの方法を具体的に解説します。
3-1. 遺言書を作成して意思を明確に残す
妻にすべての財産を相続させたい場合、まず有効な遺言書を作成することが基本です。特に公正証書遺言であれば、公証人が作成をサポートするため、形式上の不備が起きにくくなります。また、家庭裁判所の検認も不要なため、相続手続きがスムーズになります。
遺言書には、妻に特定の財産や遺産すべてを遺贈する旨を明記しましょう。また、遺留分を持つ他の相続人がいる場合は、その点も考慮し、納得を得る工夫が必要です。
3-2. 家族信託で生前に財産の管理を託す
将来の相続に備えて、家族信託(民事信託)を活用するのも有効な方法のひとつです。
家族信託とは、自分の財産の管理や運用を信頼できる家族に任せる制度で、生前から柔軟な財産管理が可能になります。
たとえば、夫が委託者(財産の所有者)、妻が受益者(利益を受ける人)、子どもが受託者(財産を管理・運用する人)という関係で信託契約を設計するケースもあります。
この仕組みにより、夫の意思に基づいて妻の生活を支えるための財産を確保できるうえ、夫の死後もスムーズにその管理や承継を行うことができます。
特に、不動産の管理や賃料収入の分配といった運用面においても柔軟性が高く、認知症対策や遺産分割トラブルの予防策としても注目されています。
3-3. 生前贈与で早めに財産を移しておく
妻に確実に財産を渡したい場合、相続を待たずに、生前に計画的に贈与しておくのも有効な方法です。これにより、相続発生時のトラブルや遺留分の問題を軽減できる可能性があります。
代表的な制度には、次のようなものがあります。
暦年贈与(年間110万円まで非課税)
毎年110万円以内であれば贈与税がかからないため、複数年にわたり計画的に妻へ財産を移すことで、非課税での資産移転が可能です。
※2024年の税制改正により、相続前7年以内の贈与は相続財産に加算されるようになった点に注意が必要です。
贈与税の配偶者控除(おしどり贈与)
婚姻期間が20年以上の夫婦であれば、居住用の不動産やその取得資金を贈与する際に、基礎控除額110万円のほかに最大2,000万円までの贈与が非課税となる特例があります。この制度を利用すれば、生前に妻に不動産を確実に渡すことができ、相続財産から除外することも可能です。
※この特例は一生に一度しか使えません。
制度の適用要件や節税効果はケースによって異なるため、具体的な対策を進める際は税理士に相談することをおすすめします。
3-4. 他の相続人がいる場合、事前に話し合い了承を得る
遺言書や信託、生前贈与に加え、他の相続人との関係性も非常に重要です。
特に子どもが相続人となる場合、妻にすべてを相続させる旨について、事前に話し合いを行い理解を得ておくことが、トラブル回避につながります。
仮に遺言書で妻への全額相続を指定しても、他の相続人が遺留分を主張すれば、相続争いに発展する可能性があります。しかし、あらかじめ合意形成ができていれば、遺留分侵害額請求が実際に行われる可能性を大幅に下げることができるでしょう。
こうした話し合いのうえで、法的に有効な遺言書を残しておくことが、家族全体の安心にもつながります。
4. 妻が全額を相続できない代表的なケース
妻に遺産をすべて相続させたいと考えていても、状況によってはそれが実現できないケースがあります。ここでは、代表的な4つのケースを紹介します。
4-1. 遺言書がない、または形式不備があった
遺言書を作成していなかった場合、遺産は民法に定められた「法定相続分」に基づいて相続人全員で分け合うことになります。たとえば、子どもがいる場合、妻の法定相続分は遺産全体の2分の1とされています。
また、遺言書があっても記載内容が曖昧だったり、署名や押印の不備があると、無効とされる可能性があります。
4-2. 遺留分を持つ相続人から請求された
法定相続人のうち、配偶者・子・直系尊属(親など)には「遺留分」が認められています。
たとえ遺言で妻に全財産を相続させると記されていても、遺留分を侵害された他の相続人から「遺留分侵害額請求」があれば、妻は相応の金銭を支払う義務が生じることがあります。
特に子どもがいる場合、妻と子の法定相続分はそれぞれ2分の1となり、子には遺産の4分の1に相当する遺留分があります。
4-3. 遺産分割協議で他の相続人が同意しない
遺言書がなかったり、不備がある場合は、相続人全員で「遺産分割協議」を行い、遺産の分け方を決定します。この協議で他の相続人が妻にすべてを相続させることに同意しなければ、全額の取得はできません。
相続人の意向や関係性によっては、協議がまとまらず長期化する可能性もあります。
4-4. 相続税の納税負担によって不動産を手放すことになった
現金より不動産の割合が大きい相続では、相続税の支払いに苦慮するケースが少なくありません。原則として、相続税は相続が発生したこと(被相続人の死亡)を知った日の翌日から10ヶ月以内に現金で納付する必要があります。
現金が足りない場合、不動産を売却して納税資金を確保するしかないこともあります。これにより、妻が希望した不動産の取得が叶わない可能性もあります。
5. 妻に全額相続させたいときの注意点
たとえ遺言書や家族信託などで妻に全財産を相続させる準備を整えていても、実際の相続手続きでは思わぬ落とし穴があることも少なくありません。ここでは、事前に把握しておきたい代表的な注意点について解説します。
5-1. 遺留分を請求されるリスクに注意する
法定相続人のうち、配偶者・子・直系尊属(親など)には、最低限保障された「遺留分」があります。
たとえ遺言書で「全額を妻に相続させる」と記載していても、妻以外の相続人(たとえば子や親)から遺留分侵害額請求があれば、妻はその分に相当する金銭を支払う必要が生じることがあります。
事前に遺留分を持つ相続人との関係性や意思を確認し、争いを避ける工夫が重要です。
5-2. 二次相続で税負担が増える可能性がある
一次相続で妻が全財産を相続した場合、将来その妻が亡くなると、次の相続(二次相続)では、妻が相続した財産も含めて子どもなどがすべて引き継ぐことになります。
このときには「配偶者の税額軽減」が使えず、相続税の負担が一気に高くなることがあります。
全額を1人に集中させることで、かえって後の世代での税負担が重くなるおそれがあるため、長期的な視点で分割方法を検討しましょう。
5-3. 認知症などで手続きが進められなくなるリスクがある
被相続人や相続人の一方が認知症になると、遺言書の作成や遺産分割協議など、法的手続きがスムーズに進まなくなります。
後見制度の利用や家族信託による事前対策が必要になるケースもあるため、元気なうちから準備を進めておくことが重要です。
5-4. 不動産の分けにくさが相続トラブルにつながる
財産の多くが不動産で構成されている場合、それを全額妻に相続させようとすると、他の相続人との不公平感が強まりやすく、トラブルに発展するケースもあります。
不動産は現金と違って簡単に分けられないため、売却・共有・代償分割などの方法も含めて慎重に検討しましょう。
6. 妻が利用できる相続税の軽減制度とは?
相続税は一定額以上の財産を相続した場合に課税されますが、配偶者が相続する場合には、税負担を軽くするための優遇措置がいくつか設けられています。
ここでは、妻が利用できる主な軽減制度について詳しく見ていきましょう。
6-1. 相続税がかかるかどうかを左右する「基礎控除」
相続税には「基礎控除」と呼ばれる制度があり、遺産総額がこの控除額以下であれば、相続税は一切かかりません。基礎控除額は以下の式で計算されます。
3,000万円 +(600万円 × 法定相続人の数)
たとえば、法定相続人が妻と子ども2人の合計3人であれば、3,000万円+(600万円×3)=4,800万円までは非課税になります。現金や不動産などを含めた遺産総額がこの基礎控除内に収まっていれば、相続税の申告・納税はどちらも不要です。
6-2. 妻の相続税を大きく減らせる「配偶者の税額軽減」
「配偶者の税額軽減」は、配偶者に対して非常に強力な相続税の優遇措置です。具体的には、次のいずれか大きいほうの金額には相続税がかかりません。
- 1億6,000万円
- 配偶者の法定相続分相当額
妻が法定相続分を超えて遺産を相続しても、1億6,000万円までであれば相続税はゼロになります。
ただし、この特例を適用するには、相続税の申告書の提出が必要です。また、遺言書や遺産分割協議書など、相続の内容を証明する書類の添付も求められます。
6-3. 自宅の相続に使える「小規模宅地等の特例」
妻が自宅の土地を相続する場合、「小規模宅地等の特例」を利用すれば、相続税評価額を最大80%減額することが可能です。
たとえば、評価額が5,000万円の土地であれば、課税対象額は1,000万円に抑えられ、相続税の負担を大幅に軽減することが可能です。
この特例のうち「特定居住用宅地等」に該当するケースでは、配偶者が相続する場合、相続後も居住を続けることや、一定期間所有を継続することといった条件は課されません。
適用を受けるためには、以下のような基本的な要件を満たす必要があります。
この制度を活用すれば、特に不動産を多く相続するケースでの税負担を大きく減らすことができ、現金化の必要性を下げることにもつながります。
7. よくある質問・Q&A
相続に関する手続きや法律は複雑で、実際に配偶者が遺産をすべて相続できるのか、相続税はどの程度かかるのかなど、疑問がある人もいるでしょう。ここでは「妻に全額相続させたい」というケースに関して、よくある質問をわかりやすく解説します。
Q1. 夫が死亡したら、妻がすべての遺産を相続できる? |
A1. 夫が亡くなった場合、妻が当然にすべての遺産を相続できるとは限りません。 法定相続人に子どもや直系尊属(たとえば夫の親)がいる場合は、妻だけで全額を相続することはできず、原則として法定相続分を基準に、相続人全員で遺産の分け方について協議する必要があります。たとえば、夫と妻の間に子どもが1人いる場合、妻と子どもの法定相続分は各2分の1です。 夫の遺言書で「全財産を妻に相続させる」と記載されていれば、原則として妻がすべての財産を相続することが可能ですが、他の相続人が遺留分を主張すれば妻はその分に相当する金銭を支払う必要が生じることがあります。 |
Q2. 妻はいくらまで相続税がかからない? |
A2. 配偶者が相続しても相続税が発生しないか、非常に軽くなるケースは少なくありません。これは、主に以下の2つの制度があるためです。 ・基礎控除: すべての相続に共通して適用される非課税枠で、3,000万円+(600万円 × 法定相続人の数)の金額までは相続税がかかりません。 ・配偶者の税額軽減: 配偶者に対しては、1億6,000万円または法定相続分相当額までの取得に対し、相続税がかからない特例が設けられています。 たとえば「配偶者1人、子ども2人」の場合、基礎控除額は4,800万円です。そのため、遺産総額が4,800万円以下であれば、相続税は一切かかりません。遺産総額が4,800万円を超える場合でも、妻が取得する財産が1億6,000万円以下であれば、「配偶者の税額軽減」が適用され、妻に相続税がかからないケースもあります。なお、配偶者の税額軽減を適用するには相続税の申告が必要です。適用漏れを防ぐためにも、制度に詳しい専門家への相談をおすすめします。 |
Q3. 父が亡くなった場合、母が遺産をすべて相続できる? |
A3. 法律上、父が亡くなっても母(妻)が自動的にすべての遺産を相続できるわけではありません。 たとえば子どもがいる場合、母の法定相続分は2分の1、残りの2分の1は子どもたちの法定相続分となります。一方、父の遺言書に「すべての遺産を妻に相続させる」と記載されていれば、原則として母が全額を相続することが可能です。 ただしこの場合でも、子どもには遺留分があるため、子どもから遺留分侵害額請求があった場合、母はその分の金銭を支払う必要があります。母がすべての遺産を円満に相続するには、遺言書の作成に加え、事前に家族間での話し合いや合意を得ておくことが大切です。 |
8. 妻に全額相続させるなら、早めの準備と専門家への相談を
「すべての財産を妻に相続させたい」と考えていても、法定相続分や遺留分の問題、遺言の形式不備、相続税の負担などによって、希望通りに進まないケースは少なくありません。
また、相続の場面では、遺産の内容や相続人の構成によって必要な手続きや対策が大きく変わります。たとえば、遺言書の作成ひとつをとっても、内容が不明確だったり法律の要件を満たしていなかったりすると、無効になるリスクがあります。
さらに、不動産の分割や相続税の計算・申告には専門的な知識が求められるため、すべてを自身で対応するのは現実的ではなく、トラブルの原因にもなりかねません。早い段階から専門家に相談し、法的リスクを未然に防ぐことが大切です。
相続手続きの専門集団「nocos(NCPグループ)」では、司法書士や行政書士などの専門家がチームを組み、相続のご相談にワンストップで対応しています。数次相続や不動産の共有名義といった複雑な案件にも対応可能。初回相談は無料で、オンラインでのご相談も承っております。どうぞお気軽にお問い合わせください。